1. はじめに
事業用不動産の売却は、適切なタイミングを逃さずに実行できれば、大きな収益を得られる好機となります。しかし、タイミングを見誤ると大損失を被る可能性もあり、慎重な判断が求められます。
2. 事業用不動産の売却タイミングを見極める5つの視点
(1)減価償却期間の終了
– 減価償却費の計上が終了した後が適切なタイミング
事業用不動産の売却タイミングを検討する上で重要な観点が、減価償却期間の終了です。減価償却とは、建物の取得価額を経済的な耐用年数で除して、毎年一定額を費用計上することです。
例えば、取得価額が1億円の建物で、耐用年数を40年とすると、以下のように毎年250万円の減価償却費が計上されます。
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 年数  | 
 減価償却累計額  | 
|---|---|
| 
 1年目  | 
 250万円  | 
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 2年目  | 
 500万円  | 
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 .|.  | 
 
  | 
| 
 .|.  | 
 
  | 
| 
 40年目  | 
 1億円  | 
減価償却期間が終了すると、以降は減価償却費の計上がなくなるため、キャッシュフローが悪化します。このタイミングが事業用不動産の売却に適していると言えます。
(2)キャッシュフローの変化
– 賃料収入が減少し始めた時が売却の合図
事業用不動産の売却を検討する大きなサインの一つが、賃料収入の減少です。賃料収入が減少し始めたら、早めに売却を検討することが賢明です。
賃料収入の減少には、以下のような要因が考えられます。
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 要因  | 
 内容  | 
|---|---|
| 
 テナントの退去  | 
 大口テナントが退去すると、大きな賃料減となる  | 
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 賃料の値下げ  | 
 近隣の相場下落に合わせて賃料を下げざるを得なくなる  | 
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 空室率の上昇  | 
 新規テナント確保が難しくなり、空室が目立つ  | 
このように賃料収入が減少すると、キャッシュフローが悪化します。さらに大規模な修繕が必要になると、多額の費用を要することになります。
キャッシュフローが悪化する前に売却を検討することで、さらなる損失を食い止められます。収益の減少が見込まれる事業用不動産は、早めに手放すことが得策といえるでしょう。
– 大規模修繕が必要になる前に売却を検討
事業用不動産の所有期間が長くなるにつれ、建物の経年劣化は避けられません。大規模な修繕工事が必要となった場合、多額の費用が発生することになります。
以下の表は、一般的な事務所ビルにおける修繕周期と概算工事費用の目安を示しています。
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 修繕項目  | 
 修繕周期(年)  | 
 概算工事費用(円/㎡)  | 
|---|---|---|
| 
 外壁塗装  | 
 8~12年  | 
 5,000~10,000  | 
| 
 屋上防水  | 
 12~15年  | 
 3,000~6,000  | 
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 設備更新  | 
 15~25年  | 
 20,000~50,000  | 
このように、建物の老朽化に伴い、定期的な大規模修繕が不可欠になります。修繕費用次第では、建物の資産価値を下回る可能性もあります。そのため、大規模修繕が視野に入る前に、事業用不動産の売却を検討することが賢明です。老朽化した不動産を所有し続けるリスクを回避できるからです。
(3)地価の動向
– 地価が上昇期にある時が有利な売却機会
事業用不動産の売却では、地価の動向を慎重に見極めることが重要です。一般的に、地価が上昇している時期は有利な売却機会と言えます。
地価上昇期には以下のようなメリットがあります。
- 
高値で売却できる
 - 
買主の需要が高まる
 
一方で、地価が下落期にある場合は以下のようなデメリットがあります。
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 デメリット  | 
 内容  | 
|---|---|
| 
 売却価格の低下  | 
 地価下落に伴い不動産価値が下がる  | 
| 
 買主の減少  | 
 買主の購買意欲が低下する  | 
したがって、事業用不動産の売却を検討する際は、地価の上昇期を逃さず機会を捉えることが賢明です。地価の動向は、国土交通省が発表する「地価公示」や「地価調査」などのデータを参考にすると良いでしょう。
(4)税制の変更
– 長期譲渡所得に切り替わる時期を意識
事業用不動産を売却する際、所得税の計算方法が変わる重要な節目があります。それは、「取得から5年を経過した時点」です。
取得から5年以内に売却した場合、譲渡所得は「一時所得」として課税されます。一方、5年を超えると「長期譲渡所得」の扱いとなり、より有利な税制が適用されるのです。
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 所得区分  | 
 税率  | 
|---|---|
| 
 一時所得  | 
 総合課税(最高45%)  | 
| 
 長期譲渡所得  | 
 分離課税(最高20.315%)  | 
このように、長期譲渡所得となると税率が大幅に下がるため、節税メリットが生まれます。特に高額の事業用不動産を売却する場合、このタイミングを意識することが重要になってきます。
ただし、地価動向などの他の要素も勘案し、総合的に最適なタイミングを見極める必要があります。不動産の売却タイミングを逸すれば、大きな機会損失を被る可能性もあるからです。
(5)事業の転機
– 事業の撤退や再編の際に売却を検討
事業の撤退や再編が決定した際は、保有する事業用不動産の売却を検討するタイミングであると言えます。事業の方針転換に伴い不動産の継続保有が必要なくなる場合、手元資金を確保する良い機会となるためです。
事業継続が困難となった際に売却を見送れば、以下のようなリスクが生じます。
- 
空室期間が長期化し賃料収入が途絶える
 - 
老朽化が進み資産価値が下落する
 - 
管理コストの増加で保有コストが嵩む
 
このように事業継続が難しくなれば、不動産の資産価値は徐々に目減りしていきます。撤退を決めた段階で早期の売却を検討することで、事業の清算を円滑に進められるでしょう。
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 リスク  | 
 内容  | 
|---|---|
| 
 収入途絶  | 
 空室期間の長期化で賃料収入がなくなる  | 
| 
 資産価値下落  | 
 老朽化が進み不動産の価値が目減りする  | 
| 
 コスト増加  | 
 管理コストの増加で保有コストが嵩む  | 
事業の転機となる撤退や再編の際には、保有する不動産の早期売却を真剣に検討する必要があります。
3. 事業用不動産の適切な売却方法
(1)不動産会社への媒介依頼
事業用不動産の売却では、専門の不動産会社に媒介を依頼するのが一般的です。不動産会社には広範な買主ネットワークがあり、適正な査定額で効率的に売却できる可能性が高くなります。
媒介手数料は通常売買価格の3%程度が相場ですが、以下のようなメリットがあります。
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 メリット  | 
 内容  | 
|---|---|
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 専門知識の活用  | 
 査定、契約条件の説明など専門的サポートが受けられる  | 
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 買主開拓  | 
 広範な買主ネットワークから最適な買主が見つかりやすい  | 
| 
 価格交渉  | 
 適正価格での売買が期待できる  | 
| 
 諸手続き対応  | 
 売買に伴う書類作成や登記手続きなどが代行される  | 
ただし、不動産会社の選定には注意が必要です。収益不動産売買に精通し、実績のある優良な業者を選ぶことが重要です。複数社の営業と実際に会って面談するのも賢明な対応と言えます。
(2)居住用としての売却
事業用不動産を居住用として売却することも選択肢の一つです。事務所ビルや倉庫などを住宅に転用するリノベーション需要が高まっており、立地条件や建物の状態次第では有利な売却が期待できます。
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 居住用売却のメリット  | 
 居住用売却のデメリット  | 
|---|---|
| 
 ・一般個人への売却が可能で購入層が広がる  | 
 ・土地の用途変更の手続きが必要  | 
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 ・住宅需要の高い地域なら高値で売れる可能性  | 
 ・リノベーション費用が別途かかる  | 
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 ・税制面での優遇措置がある場合もある  | 
 ・大規模な改修工事には時間がかかる  | 
特に都心の閑静な住宅街に立地する事務所ビルなどは、リノベーション物件として高値が付く傾向にあります。一方で、工場や倉庫などは敷地面積が広く立地も郊外となるため、居住用への転用は現実的ではない場合もあります。
事業用不動産の居住用売却を検討する際は、立地条件や建物の状態、リノベーション費用など様々な要素を事前に精査し、最適な売却方法を見極める必要があります。
(3)買取業者への売却
事業用不動産を売却する際の選択肢として、買取専門業者への売却もあります。買取業者への売却のメリットは以下の通りです。
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 メリット  | 
 内容  | 
|---|---|
| 
 早期現金化  | 
 査定から短期間で現金化できます  | 
| 
 手間の省略  | 
 媒介業者への依頼が不要で手続きが簡単です  | 
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 税金対策  | 
 譲渡損失の損金算入が可能です  | 
ただし、買取業者は利益を上乗せするため、市場価格よりも割安な査定額になる場合があります。そのため、買取業者への売却は以下のケースで有効です。
- 
早期現金化を優先したい
 - 
手間をかけたくない
 - 
譲渡損失を活用したい
 
一方で、高値売却を期待する場合は媒介業者を介した一般売却などを検討する必要があります。状況に応じて売却方法を使い分けることが賢明です。
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4. 事前の出口戦略が重要
購入時から売却を見据えた長期的な計画が不可欠
事業用不動産の売却では、購入時から将来の出口戦略を見据えることが重要です。購入から売却までを長期的な視点で捉え、計画的に行動することで、最適なタイミングで有利な条件での売却が可能になります。
例えば、購入時点で減価償却期間と税制の変更時期を意識し、それらの期限に合わせて売却を検討することが賢明です。
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 項目  | 
 留意点  | 
|---|---|
| 
 減価償却期間  | 
 建物の耐用年数に応じた減価償却期間を把握し、期間終了後の売却を視野に入れる  | 
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 税制の変更  | 
 譲渡所得に係る税制改正の動向を確認し、長期譲渡所得への切り替え時期を意識する  | 
加えて、賃料収入や修繕費の推移、地価動向など、キャッシュフロー変化に影響する要因も事前に想定し、売却の好機を見逃さないようにしましょう。
このように、事業用不動産の購入時から長期的な視点を持ち、売却に向けた戦略を立てることが肝心です。出口戦略を踏まえた長期計画があれば、最適な売却タイミングを逃すリスクを最小限に抑えられます。
5. まとめ
事業用不動産の売却は、次の5つの視点から最適なタイミングを見極めることが重要です。
- 
減価償却期間の終了
- 
減価償却費の計上が終了した後が適切なタイミング
 
 - 
 - 
キャッシュフローの変化
- 
賃料収入が減少し始めた時が売却の合図
 - 
大規模修繕が必要になる前に売却を検討
 
 - 
 - 
地価の動向
- 
地価が上昇期にある時が有利な売却機会
 
 - 
 - 
税制の変更
- 
長期譲渡所得に切り替わる時期を意識
 
 - 
 - 
事業の転機
- 
事業の撤退や再編の際に売却を検討
 
 - 
 
これらの視点から売却タイミングを総合的に判断し、購入時から売却を見据えた長期的な計画を立てることが肝心です。事前に出口戦略を立てておけば、事業用不動産の売却で失敗することはないでしょう。
  
  
  
  
