不動産賃貸経営におけるトラブルの中でも、特に多いのが退去時の原状回復におけるトラブルです。そのため、東京都では『東京ルール』というガイドラインが制定されました。
東京で賃貸物件を借りる際には、通常の賃貸借契約書や重要事項説明書とともに「東京ルール」に関する書類を取り交わします。今回はその『東京ルール』を解説していきます。
1. 東京ルールとは何か
東京ルールとは、賃貸物件の退去時トラブルを防止するために、東京都が2004年に設けたガイドライン(賃貸住宅紛争防止条例)のことを指します。
東京都が定めた賃貸住宅トラブル防止のための条例
東京ルールとは、東京都が定めた賃貸住宅におけるトラブル防止のための条例です。この条例では、賃貸住宅における原状回復や修繕にかかる費用負担について、以下の原則が定められています。
項目 |
貸主(オーナー)負担 |
借主(入居者)負担 |
---|---|---|
経年劣化や通常の使用による損耗 |
◯ |
|
借主の故意・過失による損傷 |
|
◯ |
つまり、賃貸住宅の老朽化や日常的な使用による消耗は貸主側が負担し、一方で借主側の故意や過失による損傷については借主側が修繕費用を負担するというルールです。ただし、双方の合意があれば、この原則とは異なる特約を結ぶことも可能となっています。
賃貸住宅トラブル防止ガイドライン(東京ルール)公式サイト|東京都
東京ルールは何故できたのか?
東京ルールができるまでは、オーナーと入居者の間でトラブルが後を絶たない状況が続いていました。その主な原因は、退去時の原状回復義務や修繕費用の負担区分が不明確だったことにあります。
例えば、以下のような事例が多発していました。
-
入居者の退去時に「通常の使用による傷み」を借主負担と主張し、オーナーが修繕費用を請求する
-
オーナーが設備の経年劣化を理由に修繕を拒否し、入居者が住宅設備の不具合に悩まされる
このように、ルールが明確でなかったため、オーナーと入居者の主張が対立し、トラブルに発展するケースが多くありました。
そこで東京都は、2004年に「東京ルール」と呼ばれる条例を制定しました。この条例は、オーナーと入居者双方の権利義務を明確にし、トラブル防止を狙いとしています。
2. 東京ルールの具体的な内容
東京ルールの主な内容は、賃貸物件を借りる際の「退去時の原状回復」と「入居中の設備修繕」に関するものです。
(1)退去時の原状回復ルール
– 経年劣化や通常の使用による損耗は貸主負担
東京ルールでは、賃貸住宅の経年劣化や入居者の通常の使用による消耗については、貸主(オーナー)が負担することが原則とされています。具体的には以下のようなケースが該当します。
貸主負担の例 |
---|
・壁や天井の傷み、色あせ |
・床の家具の跡 |
・建具の開閉の劣化 |
・水周りの経年劣化 |
一方、借主(入居者)の故意や過失による損傷は借主が原状回復費用を負担しなければなりません。例えば、
-
壁に穴を開けた場合
-
床を焼いてしまった場合
-
洗面台や浴槽を割ってしまった場合
などが該当します。
このように、東京ルールでは物件の損耗の原因や程度を明確に区別し、オーナーと入居者双方の負担を明確にすることで、トラブル防止を図っています。
– 借主の故意・過失による損傷は借主負担
東京ルールでは、借主の故意または過失により物件に損傷を与えた場合、その修繕費用は借主が負担しなければなりません。
例えば、以下のような場合が該当します。
借主負担となる例 |
説明 |
---|---|
たばこの火で壁に焦げ穴をあける |
故意による損傷 |
大型家具を運び入れる際に壁をこする |
過失による損傷 |
ペットの爪で床が著しく痛む |
適切な対策をしなかった過失 |
一方、通常の使用における摩耗や経年劣化による損耗は、貸主が負担しなければなりません。住戸の使用目的や入居期間に応じて、ある程度の損耗は避けられないためです。
借主は故意や過失がない場合でも、退去時の原状回復義務があります。しかし、貸主負担の経年劣化分については、借主に修繕費用を請求することはできません。借主・貸主双方がこのルールを理解しておくことで、トラブルを未然に防ぐことができます。
– 合意があれば特約で別の取り決めも可能
東京ルールでは、貸主と借主が別の取り決めをすることも可能です。これは「特約」と呼ばれ、契約時に合意されます。
特約を設ける際は、次の点に注意が必要です。
-
東京ルールの主旨に反しないこと
-
内容を明確かつ具体的に定めること
-
両者が内容を十分理解した上で合意すること
特約については、「ルームクリーニング費用」の負担額などが記載されるケースが多いです。この場合にも、きちんと事前に説明することになっています。
特約によって、より柔軟な賃貸経営が可能になります。賃貸物件の実態に即した合理的な取り決めをすることで、トラブルを未然に防ぐことができます。
(2)入居中の設備修繕ルール
– 住居の使用に必要な設備の修繕は貸主負担
東京ルールでは、賃貸住宅の入居者が日常生活を送る上で必要不可欠な設備の修繕費用は、原則として貸主(オーナー)が負担することになっています。
具体的には以下の設備が対象となります。
設備名 |
例 |
---|---|
給排水設備 |
水道管、排水管、トイレの修理 |
電気設備 |
配線、コンセント、スイッチの修理 |
空調設備 |
備え付けのエアコン、暖房機器の修理 |
開口部 |
窓、ドアの修理 |
防水設備 |
雨漏り対策 |
ただし、入居者の故意や過失による破損の場合は入居者側の負担となります。例えば、洗面台に強い力を加えて割ってしまった場合などが該当します。
定期的な点検と適切な修繕を行うことで、賃貸物件の資産価値を維持し、長期にわたり安心して賃貸経営を続けられるというメリットがあります。
-借主の故意・過失による損害は借主負担
賃貸物件の設備が借主の故意または過失により破損した場合、その修理費用は借主が負担しなければなりません。例えば、次のようなケースが該当します。
-
子供がぶつかってガラスを破損
-
お風呂の空焚きによる故障
借主の責任が明らかな場合は借主負担となりますので、入居中は物件の適切な使用方法を守る必要があります。
– 小規模修繕は特約で別の取り決めも可能
東京ルールでは、入居中の設備修繕については、住居の使用に必要な設備の修繕は原則として貸主の負担とされています。ただし、小規模な修繕については、賃貸借契約書において別の取り決めをすることが可能です。
小規模修繕の具体例としては、以下のようなものが挙げられます。
項目 |
修繕内容 |
---|---|
電球交換 |
居住中に切れた電球の交換 |
排水口掃除 |
流し台や浴室の排水口の掃除 |
鍵交換 |
鍵の紛失や故障に伴う鍵交換 |
契約時に、このような小規模な修繕については借主側で対応することを特約で定めておけば、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。適切な役割分担を明確にすることが重要です。
3. 賃貸経営におけるメリット
オーナーと入居者の負担が明確になりトラブル回避に
東京ルールでは、経年劣化や通常の使用による消耗は貸主(オーナー)の負担となり、借主(入居者)の故意・過失による損傷は借主の負担となります。このように負担割合が明確化されているため、賃貸経営におけるトラブルを未然に防ぐことができます。
具体的には、以下のようなメリットがあります。
メリット |
内容 |
---|---|
トラブル防止 |
負担割合が明確なため、オーナーと入居者のトラブルになりにくい |
適切な維持管理 |
負担が明確なため、物件の適切な維持管理がしやすくなる |
例えば、通常の使用で壁に生じた傷は貸主負担、入居者が故意に付けた傷は借主負担となり、両者の負担が明確になります。このように負担が明確になることで、賃貸経営におけるトラブルの未然防止や適切な維持管理につながるのです。
適切な維持管理がしやすくなる
東京ルールを理解し実践することで、適切な賃貸物件の維持管理がスムーズになります。 オーナー側の負担と入居者側の負担が明確になるため、次のようなメリットがあります。
-
入居者への周知が容易になる
-
例えば「通常の使用による傷みはオーナー負担」と説明できる
-
-
定期的な立ち入り検査が促進される
-
物件の状態を正確に把握できるため
-
上記のように、明確な基準があることで、物件の維持管理が適切に行えます。また、入居者側も自身の責任範囲が把握しやすくなります。
このように、東京ルールを理解し実践することで、トラブル防止はもちろん、物件の資産価値の維持・向上にもつながります。オーナーと入居者の双方にメリットがある優れた仕組みなのです。
4. トラブル防止のポイント
(1)入居時
– 物件の状態を正確に確認し記録に残す
入居時には、物件の状態を細かくチェックし、写真や動画、チェックリストなどで確実に記録を残しましょう。この記録は、退去時の原状回復判断の基準となります。
チェックすべき主な項目は以下の通りです。
部位 |
チェック内容 |
---|---|
壁・天井 |
汚れ、かび、ひび割れ、傷の有無 |
床 |
傷、打痕、変色の有無 |
ドア・サッシ |
開閉の状態、ガタツキ、傷の有無 |
キッチン |
水周り設備の作動状況、傷の有無 |
浴室・トイレ |
水周り設備の作動状況、カビ、傷の有無 |
照明器具 |
作動状況、傷の有無 |
特に経年劣化が見られる箇所は、入念に記録しましょう。また、既に修繕履歴がある箇所も忘れずに記録に残します。
入居者とも記録内容を共有し、了解を得ることが重要です。このように正確な記録を残しておくことで、後のトラブル防止につながります。
(2)入居中
– 適切な使用方法を入居者に周知する
入居者に適切な使用方法を周知することは、東京ルールの精神を実現し、トラブルを未然に防ぐ上で非常に重要です。具体的には、入居時のオリエンテーションや、居住マニュアルの配布を通じて、次のような点を入居者に伝えることが求められます。
-
日常の生活習慣について(換気の徹底、水まわりの手入れ方法など)
-
設備の適切な使用方法(空調設備の運転方法、家電製品の取り扱いなど)
-
内装の保全について(床材・壁紙などの注意点)
-
修繕の依頼方法
等
特に、住居の経年劣化を防ぐためのポイントを丁寧に説明することが大切です。入居者の理解を深め、協力を得ることで、オーナーと入居者の双方がWIN-WINの関係を築けるはずです。
【参考資料】
-
東京都住宅政策審議会答申(平成20年3月)
-
東京都マンション管理士会「居住者向けマニュアル」
(3)退去時
– 損耗の原因と程度を正確に判断する
退去時の原状回復費用を適切に算定するには、物件の損耗の原因と程度を正確に判断することが重要です。経年劣化や通常の使用による損耗は貸主負担、借主の故意・過失による損傷は借主負担となります。
具体的には、以下のようなポイントに留意しましょう。
判断ポイント |
例 |
---|---|
施工年数 |
10年以上経過した内装は経年劣化 |
使用状況 |
日常的な使用による傷みはオーナー負担 |
故意の有無 |
壁に釘を打った跡は借主負担 |
損傷の程度 |
軽微な汚れはオーナー負担、深い傷は借主負担 |
原因や程度が不明瞭な場合は、内見時の写真や記録と照らし合わせて客観的に判断することが重要です。明確な根拠がないと、後になってトラブルの原因となる可能性があります。
– 明確な証拠を残す
退去時の原状回復費用の負担割合を適切に判断するためには、入居時と退去時の物件の状態を正確に記録しておくことが重要です。
入居時には、室内の壁、天井、床、建具などの状態を詳細に記載した「入居時室内現況確認書」を作成し、写真も添付しましょう。借主、貸主双方でサインをして、写しを残しておきます。
入居中の経年劣化や通常の使用による損耗の程度も記録に残しておきます。毎年、同じタイミングで写真を撮影し、経年変化を追跡するのが効果的です。
退去時には、入居時の状態と比較して、どの部分が借主の故意や過失による損傷なのかを判断します。その際、入居時の室内現況確認書と写真が証拠となります。
損耗の程度によっては、専門家への診断を求める必要もあります。その場合、診断書を証拠として残しておきましょう。
このように、各段階で適切な記録と証拠を残しておけば、トラブルを未然に防ぐことができます。
5. トラブルになった場合の対処法
賃貸経営でトラブルが発生した場合、まずは冷静に対応することが大切です。入居者との話し合いを重ね、互いの主張を整理し、解決に向けて協議を行います。
話し合いで解決が難しい場合は、第三者機関に助言を求めましょう。例えば東京都では、以下の機関が相談に応じています。
機関名 |
概要 |
---|---|
東京都住宅紛争審査会 |
賃貸借契約に関する紛争の調停・あっせん |
東京都住宅政策推進支援センター |
賃貸借契約・居住に関する相談窓口 |
これらの機関に助言を求めながら、事実関係の正確な把握と証拠の収集に努めます。必要に応じて専門家(弁護士など)に相談し、法的措置を検討することも重要です。
最終的に裁判に至った場合は、東京ルールに則った適切な維持管理状況や、入退去時の物件状況の記録が重要な証拠となります。冷静に対応し、的確な証拠を残すことが、トラブル解決への第一歩となるのです。