1980年代以降、日本ではM&Aが増加の一途をたどっています。そんな中、賃貸不動産の売却を主目的とする「不動産M&A」というM&A手法も最近ではよく見かけるようになりました。
ここでは、賃貸不動産を売却する手法としての「不動産M&A」最新動向と成功のポイントを解説していきます。
1. 賃貸不動産を所有する法人のM&A動向
賃貸不動産業界のM&A概況
近年、賃貸不動産業界では業界再編の動きが活発化しています。賃貸不動産法人を対象とするM&A件数は年々増加傾向にあります。特に2021年は前年比で24%増と大幅な伸びとなりました。大手不動産会社やファンド、海外資本による買収が目立っています。
小規模M&Aでは、合同会社を設立して2~5物件ほどの賃貸不動産を所有し、他の事業は行わず不動産賃貸業だけを行い、雇用する従業員もいない状態で売却先を探すといったケースが多く見られるようになっています。
法人M&Aの市場規模と件数推移
近年、賃貸不動産業界におけるM&A件数は増加傾向にあります。公益社団法人レコフによると、2022年の国内M&A件数は過去最多の3,753件を記録しました。
年度 |
M&A件数(件) |
---|---|
2018 |
2,691 |
2019 |
2,586 |
2020 |
2,775 |
2021 |
3,487 |
2022 |
3,753 |
特に、不動産業界におけるM&A件数は年々増加しており、2022年は前年比12.5%増の278件となりました。これは、相続問題や事業承継の課題に直面した中小不動産会社の売却ニーズが高まっていることが大きな要因です。
加えて、大手不動産会社やファンド、金融機関などの買収側も積極的にM&Aを行っています。中でも2022年は、海外勢によるM&Aが活発化し、主要な取引の1/3以上を占めるに至りました。今後も国内外の機関投資家による買収が加速すると予想されています。
2. 法人M&A事例
(1) 大手不動産会社による賃貸不動産法人の買収事例
大手不動産会社による賃貸不動産法人の買収事例としては、2021年12月に東京建物が関東圏を中心に約1,000戸の賃貸マンションを運営する株式会社レーベン・パートナーズを買収したケースが挙げられます。
東京建物は、同社の戦略の一環として収益不動産の取得を強化しており、賃貸マンション事業の拡大を目指していました。一方のレーベン・パートナーズは経営者の高齢化に伴う事業承継問題を抱えていたことから、同社の賃貸マンション事業を東京建物に事業承継することで解決を図りました。
買収価格は非公開でしたが、以下の点が評価されたと考えられます。
-
立地の良い関東圏の賃貸マンションポートフォリオ
-
安定した賃貸収入と高い稼働率
-
優秀な賃貸管理ノウハウ
このように、大手不動産会社による賃貸不動産法人の買収は、双方のニーズが合致することで実現する例が増えています。
(2) 金融機関による賃貸不動産法人の買収事例
金融機関によるM&A事例として、2018年に三井住友トラスト・ホールディングスが運用資産1兆円超の大手賃貸不動産運用会社の株式を取得したケースが挙げられます。
同社は、こうした買収によって賃貸不動産の取得を強化し、不動産関連ビジネスの拡大を目指しています。具体的には下記のようなメリットがあります。
メリット |
内容 |
---|---|
賃貸物件の安定取得 |
運用会社が保有・管理する賃貸物件のパイプライン確保 |
不動産ファンド運用 |
運用会社の不動産ファンド運用ノウハウの活用 |
不動産ソリューション |
運用会社の不動産ソリューション機能の内製化 |
このように、金融機関は賃貸不動産運用会社の買収を通じて、安定した収益源の確保や関連ビジネスの拡大を企図しています。一方で、売却側の運用会社にとっても資金調達や事業承継の選択肢となり得ます。
(3) 海外資本による賃貸不動産法人の買収事例
近年、日本の賃貸不動産市場に対する海外からの投資関心が高まっています。例えば、2019年にはシンガポールの不動産運用会社がアパート経営の大手企業を買収しました。買収総額は約600億円と推定されています。
この海外資本による買収の背景には、日本の相対的に高い賃料水準と安定した賃貸需要があります。東京を中心に都市部の人口集中が進む中、賃貸住宅への需要は底堅く、投資対象として魅力が高いと判断されたためです。
買収の目的は、取得した賃貸不動産ポートフォリオを活用し、更なる投資を拡大することにあります。具体的には、以下のようなメリットが期待されています。
メリット |
内容 |
---|---|
運用ノウハウの活用 |
海外での運用ノウハウを日本市場に活かせる |
資金の呼び込み |
海外からの豊富な資金を日本市場に呼び込める |
新規投資の実行 |
取得した基盤を活かし、新たな投資を推進できる |
このように、海外資本の参入は日本の賃貸不動産市場の活性化につながると期待されています。
3. 法人M&Aのメリット
(1) 買収側のメリット
– 物件取得コストの削減
買収側の法人にとって、法人買収は新規の賃貸物件を効率的に取得できるメリットがあります。
従来の個別物件の買収と比較すると、以下のような物件取得コストの大幅な削減が期待できます。
項目 |
個別物件買収 |
法人買収 |
---|---|---|
物件探索コスト |
高い |
低い |
デューデリジェンス費用 |
物件ごとに発生 |
一括で済む |
取引コスト |
物件ごとに発生 |
一括で済む |
管理コスト |
物件ごとに発生 |
一元化できる |
つまり、法人買収なら膨大な数の物件を一度に取得できるため、探索から取引、管理に至るコストを最小化できます。特に地方の中小規模の賃貸不動産会社を買収すれば、その恩恵は大きくなります。
こうした取得コストの低減は、買収側の収益性向上に直結します。そのため、大手不動産会社や金融機関が法人M&Aに積極的になっている背景にあります。
– 管理の一元化による効率化
買収企業は、M&Aによって賃貸不動産の管理業務を一元化できます。 これにより、次のような効率化が期待できます。
-
賃貸募集・契約業務の効率化
-
物件情報の一元管理が可能になり、重複作業が減少
-
テナント審査基準の統一によるリスク管理コストの削減
-
-
管理業務の効率化
-
修繕・管理体制を統一でき、スケールメリットを発揮
-
集中購買による修繕コストや管理コストの圧縮
-
-
人員・システムの効率化
-
重複する業務を集約し、人員を最適化
-
情報システムの統合で運用コストを削減
-
物件数が増えれば、このようなメリットも大きくなります。 結果として収益性が向上し、買収企業の企業価値向上にもつながります。
– 収益不動産のポートフォリオ拡充
賃貸不動産法人の買収を行うもうひとつの大きなメリットは、収益不動産のポートフォリオ拡充が図れることです。特に大手の不動産会社にとっては、収益物件の取得競争が激しくなる中で有力な手段となっています。
例えば、以下のようなメリットがあげられます。
メリット |
内容 |
---|---|
物件取得コストの低減 |
一物件ずつ購入するよりも、複数物件の一括取得が可能 |
地域的な分散投資 |
特定エリアに偏ることなく、全国の物件を取得できる |
物件タイプの分散 |
商業ビル、マンション、アパートなど、様々なタイプの物件を取得できる |
つまり、M&Aによる買収を行うことで、投資対象物件の選択肢が広がり、リスク分散を図りつつポートフォリオを拡充することが可能になるのです。大手不動産会社にとって、この点は大きなメリットといえるでしょう。
(2) 売却側のメリット
– 事業承継問題の解決
賃貸不動産を運営する法人の経営者にとって、事業承継は大きな課題となっています。後継者がいない、または後継者への円滑な引き継ぎが難しいケースが多く見受けられます。
一方で、法人M&Aを活用することで、こうした事業承継問題を解決することができます。具体的には、以下のようなメリットがあります。
-
親族内に適切な後継者候補がいない場合でも、事業の継続が可能
-
事業の売却により、経営者の退職金を確保できる
-
事業資産を適正な価値で売却できる
-
事業の将来性や社員の雇用など、事業承継時の様々な課題を解消できる
事業承継の選択肢 |
メリット |
---|---|
親族内継承 |
事業の連続性が保たれる |
役員・従業員への承継 |
経営理念の継承が期待できる |
法人M&A |
上記のような様々なメリットが得られる |
このように、法人M&Aは事業承継問題の有力な解決手段となっており、多くの賃貸不動産法人経営者が検討する選択肢の一つとなっています。
– 手元資金の確保
賃貸不動産法人を所有するオーナー企業にとって、法人M&Aを実施することで大きな資金を手元に残すことができます。
M&Aでは買収企業から法人の事業価値に見合った対価が支払われます。この対価の中には以下の項目が含まれています。
対価の内訳 |
説明 |
---|---|
保有不動産の時価評価額 |
賃貸用不動産の時価に基づく評価額 |
法人のれん代相当額 |
テナント関係や賃貸ノウハウなどの無形資産評価額 |
運転資金など現預金 |
法人の現金および預金残高 |
このように法人M&Aでは単に不動産の売却だけでなく、事業体全体の価値を適正に評価した上で対価が決定されます。そのため、オーナー企業は事業の継続価値に見合った十分な資金を確保できるというメリットがあります。
手元に残った資金は、オーナー企業の新規事業への再投資や、役員・株主への配当など自由に活用することができます。事業リスクの分散や資産の有効活用が可能になるため、法人M&Aは資金面でも大きな意義があります。
売却コスト削減・税金のメリット
不動産売買による売却ではなく、不動産M&A(株式譲渡)による売却のため、不動産ごとに個別の売買契約やそれに伴う所有権移転手続きは不要となり、売却コストが削減できます。
また、税制面でも
株式譲渡所得20.315%<法人税36%
とメリットが大きいと言えます。
4. 法人M&Aの成功ポイント
デューデリジェンスの重要性
法人M&Aを成功に導くためには、デューデリジェンスが非常に重要です。デューデリジェンスとは、買収対象企業の実態を詳細に調査・確認する作業のことを指します。
デューデリジェンスでは、以下の項目を中心に慎重にチェックします。
項目 |
調査内容 |
---|---|
財務デューデリジェンス |
財務データの精査、不適切な会計処理の有無 |
法務デューデリジェンス |
訴訟リスク、債権債務関係、コンプライアンス |
人事労務デューデリジェンス |
人件費、労使関係、従業員の専門性 |
不動産デューデリジェンス |
賃貸物件の権利関係、建物状況、立地環境 |
これらの調査を通じて、買収対象企業の企業価値を正確に算定できます。また、買収後のリスクを事前に洗い出し、対策を立てることが可能となります。
デューデリジェンスは、M&A実務で最も重要な工程です。買収企業は専門のデューデリジェンスチームを組成するか、デューデリジェンス業務を請け負う専門家を活用することが賢明でしょう。
スムーズな経営統合に向けた準備
法人M&Aが成功するためには、買収後の経営統合を円滑に進める準備が不可欠です。まずは買収企業と買収対象企業との間で、以下の点について十分な調整を行う必要があります。
-
経営理念・経営方針の統一化
-
組織体制・人事制度の統合
-
システム・業務プロセスの統一
-
顧客対応・営業活動の一元化
これらの統合に向けた取り組みを、買収後にスムーズに実行できるよう、事前に詳細な計画を立案しておくことが重要です。
項目 |
具体的な準備事項 |
---|---|
経営理念 |
両社の経営理念を比較し、統一した理念を策定する |
組織体制 |
重複部門の整理、役職・報酬体系の統一化を検討する |
システム |
システムの統合・移行計画を立案する |
業務プロセス |
各業務の最適プロセスを選定し、マニュアル化する |
このように、M&A後の経営統合に向けた綿密な事前準備を怠ると、様々な問題が生じる可能性があります。買収を成功に導くには、この点を軽視せず、慎重に対応することが不可欠です。
有能な専門家の活用
法人M&Aを成功に導くためには、様々な専門家の助言を得ることが不可欠です。M&Aは複雑な手続きが多く、税務、法務、財務、人事など幅広い分野の知識が求められます。
そのため、以下のような専門家を活用することをおすすめします。
専門家 |
主な役割 |
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M&A仲介業者 |
買収先の発掘、条件交渉のサポート |
税理士 |
税務デューデリリジェンス、M&A scheme の税務面での助言 |
弁護士 |
法務デューデリリジェンス、契約書の作成・レビュー |
公認会計士 |
財務デューデリリジェンス、PMI(統合後の経営)に関する助言 |
自社のリソースだけでは不足する部分を、専門家の知見で補うことが重要です。特に中堅・中小企業においては、M&Aの経験が浅いケースが多いため、専門家の力は欠かせません。適切な専門家の選定と、フェーズごとの適切な関与を得ることが、M&Aの成否を分けるポイントになります。